
毎夜の炎上
「お母さん、ちょっとコーヒーショップに行ってくる」
以前のわたしは、頻繁にコーヒーショップに避難していました。頭にカッと血が上り、ひどい言葉を子どもに吐き捨てそうになると家を出て、なんとか心を落ち着かせていたのです。
息子はハイパーなADHDで、とにかく「言うことを聞けない」子。
物心ついた2歳頃からずっと、人に指示されるのが大嫌い。言うことを聞かされそうになると、逆方向に全力で走ってしまうタイプです。
特に、宿題・入浴・歯磨き……と、タスクが多い夕方からは大炎上が日課でした。
「次はコレをしないと、寝るのが遅くなっちゃうよ」
伝えたそばから、お姉ちゃんの勉強を邪魔して、犬を起こして、嫌がらせをしながら竜巻のように部屋中を駆けまわる。簡単に見えることが思うように運ばず、毎晩ヘトヘトになっていました。
成長した息子の腕力が強まり、ますます手を焼くようになってきた頃、まじめでいい子だった5歳上の娘まで、様子がおかしくなってきたのです。

【おかあさんのプロフィール】
高校3年のお嬢さんと中学1年の息子さんのお母さん。
お嬢さんはASD(自閉スペクトラム症)の傾向があり、息子さんは注意欠如や多動の特性が強めのADHD(注意欠如・多動症)。子育て心理学カウンセラー養成講座を受講したのは、お嬢さんが高校2年生、息子さん小学6年生の秋冬。
娘の引きこもり
優等生だった娘が朝起きられなくなってきたのは、中学の終わり頃。高校に入ってからは頻繁に学校を休むようになりました。
とにかく疲れやすく、自室に引きこもり、大抵は寝ているか寝そべって携帯電話を見ているか。
学校から帰ってきてゴロンと横になったまま、朝まで起きないこともありました。ずっと続けてきたスポーツもやめ、定位置はベッドの上……。
「今日は学校に行けてよかったな」と思っていると、「具合が悪い」と帰ってくることも度々ありました。
その頃からわたしへの反発が強まり、親を寄せつけない空気をまとうようになりました。呼びかけても無反応、もしくは「何?」と険しい顔でにらまれて、言葉のキャッチボールができません。
「もうお母さんの言うことなんて、聞かなくっていいってわかったんだから!」
激しい言葉に、胸をえぐれられた気がしました。
ずっと“いい子”だった娘。
これまで色々と我慢させてきたのかもしれない。
これからどうなってしまうのだろう。
不安がつのり、娘への接し方がわからなくなりました。
その状態は高校2年生までつづき、あと2日休むと進級が危ないところまで出席日数が減ってしまったのです。
ココロ貯金との出会い
毎晩の息子の炎上に加えて、娘まで自室に引きこもり。
実はマイルドなASDの傾向があった娘と、ADHDの息子との共存はなかなかむずかしく、悩みは深まるばかりでした。
ただ穏やかな毎日を過ごしたい。
事態が好転する日はくるのだろうか。
未来が見えずに苦しかった頃、ココロ貯金に出会いました。
声がけを変えたら、娘が変わった!
子育て心理学カウンセラー養成講座を受けていくと、少しずつ「あるがままの子ども」を受けいれられるようになっていった気がします。
例えば、娘が眠っているときは「寝かせておこう」と思えるようになりました。
眠いのはわたしがどうにかできる問題ではないと、わかってきたからです。
講座を受ける前のわたしは「何とかしなければ」という気持ちが強く、「寝てばっかりいてどうするの?」などと発破をかけてきました。そのような娘のお尻をたたく声がけを「ああ、疲れちゃったんだね」とねぎらいの言葉に変えました。
すると、娘をまとう空気がやわらかく変わっていったのです。
「わ、怖っ」
呼びかけて怖い顔をされたとき、冗談っぽく言えるようになりました。すると
「あ、ごめん。怒ってないよ」
などとこちらを気づかってくれます。
ごく普通のコミュニケーションがとれるようになり、娘の情緒の安定を感じるようになりました。
はじめて聞いた「〇〇」
同じく、息子に対しても「言うこと聞かせよう」という気持ちがなくなりました。
すると驚いたことに、約10年も手を焼いてきた「炎上騒ぎ」が消滅したのです!
「そろそろ歯を磨いてきちゃおうか」
「はい」
——え、今「はい」って言った!?
それまで聞いたことがなかった2文字でした。
炎上がなくなると暴言に違和感をおぼえるようになったらしく、不適切な言葉を吐いた後に「ちょっと悪いこと言っちゃったな」みたいな表情を見せるようにもなりました。
息子に効いたココロ貯金
もう一つ息子に有効だったのは「聴く」ココロ貯金です。
おしゃべりが大好きな彼の話を一生懸命「聴く」ことを心がけると、わたしの後ろについてまわって話しをするようになりました。
切れ間のないおしゃべりにつきあってばかりでは家事が進まないので、一緒に洗濯物をたたんだり、テーブルをセットしたり、会話しながらお手伝いを頼みます。
「話せるんだったら全然やるよ」といった感じで、嫌がらずに手伝ってくれるのが新鮮でした。
また、食べることが大好きなので「腹貯金」も沢山しました。
先生達の協力
娘と息子の好転には、学校の先生方のご協力も大きかったと思います。
特性上、娘はどうしても人や音に疲れてしまうようです。
ASDの診断を受けてお医者さまからレポートを書いていただけたことで、授業中にノイズキャンセリングイヤホン(AirPods)を使うことを許され、席も好きな場所に座ってよいことになりました。
「このメンバーでこの先生だったら、ここに座りたいな」と自分で選べると落ち着いて勉強できるようで、負担が軽くなったのがわかります。
なんとアルバイトまではじめ、アイスクリーム屋さんで夜9時まで働いてくることもあります。
息子については、6年生のときの担任がすごくいい先生で、中学の先生に申し送りをしてくださったことが大きかったと思います。息子の特性上「ペナルティを与えるような指導は逆効果」だということ——例えば「これをやり終えないと次のいいことはないよ」ではなく「これをやり終わるとこういういいことがあるよ」という言葉を使ってください、といった実用的なアドバイスを伝えてくださいました。
おかげでスムーズに中学校生活に入れ、おしゃべり好きならではのリーダーシップを発揮。息子に合った舞台を作ってもらって、長所を伸ばしてもらっている感じです。
穏やかな日々
家族それぞれが持つエネルギーを、ようやくポジティブな方向に使えるようになりました。
かつて「逃げ場」だったコーヒーショップは、もう必要ありません。
まじめで努力家の娘は、大学受験に向けて勉強中。
相変わらず朝は苦手なのですが、部屋の外に目覚まし時計を2つ置き、這って出てきて止めています。
毎日学校に通い、目標に向かって一歩ずつ進んでいます。
息子には自制心が芽生え、炎上しかけても自分で回収するようになりました(笑)。
炎上の嵐だった日々は、思い出になりつつあります。
思い返せば、適切な方法を知らず、ただがむしゃらに奮闘していたあの頃。
もしあの頃のわたしに会えるなら、伝えてあげたいと思います。
「あなたはココロ貯金に出会うんだよ」
「未来はね、こんなにも明るいよ」
と。
おかあさんが実践したココロ貯金
・ありのままの子どもを「認める」
・コントロールできないことには、がんばらない
・子どもの話を一生懸命に「聴く」
・腹貯金