vol.40 大卒…
表情が消えた娘
リビングで家族が談笑していると、すうっと娘が入ってきました。
「おつかれさま」
声をかけても、返事はありません。
ほんの少し前までは、やさしい顔で笑っていたのに。
まるで別人のように、感情が消えてしまった娘がそこにいました。
きっかけは、大学2年の終わりに広がりはじめたコロナでした。
自宅待機が続く中で昼と夜が入れ替わり、娘の生活リズムは少しずつ崩れていきました。
周りのみんなが日常に戻っても、娘だけが流れに乗れないまま取り残されてしまったのです。
授業も「夜中に録画を見ればいい」と言って、気づけば誰とも関わらない日々が続いていました。
やがて眠れなくなり、食欲もなくなっていきました。
食事はほんのひと口を飲み込むのがやっとで、そのひと口さえつらそうに見えました。
ときどき言葉を発しても聞き取れないほど小さく、声に力がありません。
家族みんながテレビを見て笑っているときも、娘だけが無表情でした。
――どう見ても、おかしい。
もしかしたら「うつ」かもしれない。
病院に行ってみようと声をかけましたが、娘は首を横に振るばかりです。
「わたしは大丈夫」
このままではいけないとわかっているのに、何も打つ手がありませんでした。
そんな自分がもどかしく、重い気持ちで過ごしていました。

【沢木志帆さんのプロフィール】
3人姉妹のお母さん。次女さんはコロナ禍をきっかけにうつのような症状に。次女さんが大学を卒業した後、子育て心理学カウンセラー養成講座を受講
わたしが何とかしなければ
――とにかく、何か食べさせないと。
わたしは必死に考えました。
病院には行けない。
相談できる場所もない。
正解はわからないけれど、わたしが何とかしなければ。
そう、自分に言い聞かせていました。
――まずは健康を取り戻そう。
娘が少しでも口にできるように、栄養をとれるようにと、好きそうなお菓子を何度も作りました。
「休学したい」
娘がそう言い出したときは、
「今、決めなくてもいいんじゃない?」
と引き止めました。
1年生から2年生にかけて、娘は本当によくがんばっていて、ほとんどの単位をすでに取得していたからです。いくつかの授業をリモートで受ければ、卒業に必要な単位が取れる状況でした。
だからこそ、ここで休学という形で手放してしまうのはもったいないと感じてしまったのです。
「起きられたときだけでいいから、録画を見てみたら?」
「それでもつらくなったら、そのときまた考えよう」
そう声をかけながら、娘と二人三脚で、一日また一日と月日を越えていきました。
あの選択がよかったのかどうか、
正直、今でもわかりません。
それでも娘は少しずつ元気を取り戻し、4年生の後半には、大学に通えるようになりました。
就職活動はまったくしていませんでしたが、卒業したらゆっくり考えていけばいい。
あのときのわたしは、そう思っていたのです。
リバウンド
苦労の甲斐もあり、娘は何とか大学を卒業することができました。
あんなにつらい時期を乗り越えられたのだから、後はゆっくり――
そう思っていたのに、わたしは欲を出してしまいました。
卒業して間もないある日。
わたしは娘に、何気なく声をかけました。
「これからどうする? 就職とか……」
ほんの軽い気持ちの、一言でした。
けれどもその言葉をきっかけに、娘はまた、部屋にこもるようになってしまったのです。
内省
以来会話は減り、娘は以前と同じように一日のほとんどを部屋の中で過ごすようになっていました。
――少しずつ前に進んでいたのに、どうして……?
そのとき、ふと頭をよぎったことがありました。
これはもう、食べものや栄養の問題じゃない。
もしかして、わたしの関わり方がまちがっていたのかもしれない。
そのとき初めてわたしは、娘への関わり方を振り返ることになったのです。
「様子を見る」だけの不安
最初に助けを求めたのは、地域の引きこもりサポートセンターでした。
ところが何度足を運んでも、同じ言葉を言われるばかり。
「この段階では、しばらく様子を見てみましょう」
様子を見ているだけで、娘はよくなるんだろうか。
わたしは一体何をしたらいいの?
不安と焦りばかりがつのり、ネット検索して出会ったのがココロ貯金でした。
ちひろ先生のお顔を見たとき、以前NHKの朝イチに出演されていた先生だとピンときました。
「この考え方、すごくいい」
「なんてわかりやすいんだ」
感動しながら観ていたはずなのに、娘が引きこもる前だったこともあり、そのまま通り過ぎてしまったのです。
改めてご著書を読んでみると、ぼろぼろと涙がとまらなくなりました。
――こんなにも、気持ちをわかってもらえるなんて。
その後初心者向けのセミナーを受講し、子育て心理学カウンセラー養成講座を受ける決意を固めました。
わたしの変化
講座を受けてまず変わったのは、わたし自身の考え方でした。
娘の一番の悩みは「眠れないこと」。
以前のわたしは「眠れないなら、早く寝ればいいのに」と思っていました。
そのためにも――
「朝は早く起こさなきゃ」
「カーテンを開けて朝日を浴びさせなきゃ」
そんな義務感にとらわれていたのです。
わたしが部屋から出た後に「シャッ」とカーテンを閉める音がする。
そしてまた、ふとんにもぐりこんでいる。
それをわかっていながらも、どうにか元の生活に戻そうとひとりで必死にもがいていました。
けれど、ちひろ先生に話を聴いていただいたとき――
「~せねば」「~すべき」という思いで固まっていた心に、ふっと風が通ったような気がしたのです。
それからは少しずつ、「娘ができていること」に目が向くようになりました。
たとえ遅い時間に起きてきたとしても、
「あ、よく眠れたんだね。よかった」
「夜中に起きたけれど、ちゃんとごはんを食べたんだね」
そんなふうに、前向きな言葉をかけられるようになったのです。
ささやかなココロ貯金と小さな変化
毎日部屋で寝ているだけの娘に対して、できるココロ貯金はほんのわずかでした。
「〇〇ちゃん、おはよう。仕事に行ってくるね」
「お昼は〇〇ちゃんの好きなものを作っておいたよ」
名前を呼んで、好きなおかずを用意して。
夜中に起きる娘と会えなかった日は、LINEにメッセージを入れました。
「〇〇ちゃん、おはよう。寒くなかった?」
ささやかな関わりを続けていくうちに、ただ横たわっているだけだった娘がスマホを触るようになり、やがて、LINEに返事をくれるようになりました。
娘が可愛がっていた犬の話をすると
「ちゃんとごはん食べてる?」
などと自分のことは後回しにして、犬の健康を気遣うこともありました。
やがて部屋から出てきて雑談できるようになり、娘は少しずつ元気を取り戻していきました。
娘の課題
娘には、もうひとつ課題がありました。
「どっちでもいい」
「お母さんが決めて」
何かに誘ってもそんな返事が多く、何事も“自分で決められない”のです。
ちひろ先生に相談すると
「小さなことから選ばせてあげるといいですよ」
そうアドバイスをいただきました。
「散歩でも行く?」
「どのお菓子にする?」
簡単な問いかけでも、娘が答えを出すまでにはとても時間がかかりました。
それでもくり返していくうちに、自分なりの答えを返してくれるようになり、“悩む時間”も少しずつ短くなっていきました。
「お父さんの誕生日プレゼント、買いに行く?」
ある日声をかけると、娘は何も言わず部屋に戻っていきました。
(また時間がかかるかな)と思って待っていると――
しばらくして外出着に着替えた娘が、すっと現れたのです。
思わず下の子と顔を見合わせました。
小さな一歩を重ねることで、少しずつ人は変わっていけるのだと、実感した出来事でした。
これが“好き”
「お母さん、一緒にライブに行かない?」
娘がそう誘ってくれたのは、講座を受講して2か月ほど経った頃でした。
思えば娘は幼い頃から、強い興味を示すことが少ない子でした。
「〇〇が好き」といった言葉や「推し」という言葉は、娘から聞いたことがありません。
だからこそ――
好きなものができて「これがやりたい」と言えるようになった。
それだけでただ、うれしく思いました。
さらに講座が終わった直後には、こんなことを言いました。
「わたし、この前行ったライブの舞台で、ボランティアをやってみたい」
「お金にはならないんだけど、いい?」
おずおずとたずねる娘に、わたしは力をこめて答えました。
「もちろん、いいよ。あなたがやりたいと思えることが、お母さんはすごくうれしい」
すると娘は、驚いたように言ったのです。
「成人した娘がライブのボランティアをやりたいって、普通はいいって言わないよ」
「だったら働きなさいって言われそう」
そして、笑って続けました。
「お母さん、普通じゃないね」
スモールステップ
ライブのボランティアをはじめて1年が過ぎた頃、娘が言いました。
「よさそうなバイトを見つけたんだ。ボランティアと掛け持ちでやってみてもいい?」
「そんなに稼げないとは思うんだけど……」
もちろん大歓迎です。
こうして娘は、バイトとボランティアを両立する新しい生活をはじめました。
けれど、順調なことばかりではありません。
昼夜逆転の生活リズムはすぐには戻らず、どうしても体が動かない日もありました。
そんなときは娘の気持ちが沈まないように、明るく声をかけました。
「体が一番大切なんだから、寝れなかった日のボランティアは無理しなくていいんじゃない?」
「体調をくずしたときは、バイトだって休ませてもらえばいいんだよ」
そしてまた一年が経った頃、娘はわたしに言ったのです。
「今、就職を考えてる」と。
巣立ち
昨春、娘はひとり暮らしをはじめました。
勤め先は営業制作会社。
入社当初は頼まれごとを調べる仕事が中心だったようですが、最近ではロケに同行し、ADのような役割も任されているそうです。
人間関係に悩むこともあるようで、
「趣味は、求人情報のチェック」
そんなふうに、笑いながら話すこともあります。
それでも毎日出勤し、娘なりにたくましく働いています。
ある日、娘にこんなことを頼まれました。
「明日、すごく朝が早いから起こしてくれる?」
けれど翌朝、わたしは寝坊してしまったのです。
「うわあ、ごめん」
あわてて連絡すると、電話の向こうの娘は落ち着いた声で言いました。
「大丈夫。もう家出てる」
――ああ、わたしは役割を終えたんだ。
胸の奥がじんわりとあたたかくなりました。
“べき・ねば”で、ひとり闘っていたあの頃。
ココロ貯金に出会い、少しずつゆっくり歩んできた日々。
そのすべてが今につながっているのだと感じながら、あたたかな春の空気を、静かに吸い込みました。
◎沢木志帆さんが実践したココロ貯金 ◎
・“できること”を認める声がけ
・名前呼び
・腹貯金
・会えないときは、LINEでメッセージ
・“やりたいこと”を無条件で応援
・回数を区切ってゲームにも応じる
・手を止めて話を聴く










