
バーチャルな世界に潜った息子
午前0時すぎ。
今日も息子の部屋の明かりは消えることがなく、ボソボソと話し声が聞こえてきます。
オンラインゲームでチームを組んだ仲間たちと、ボイスチャットで盛り上がっているようです。
「うおーっ」
暗闇の中、時折ひびく雄たけび。
息子の感情が動くのは、ネットの世界だけなのかもしれない。
そう思うと、ぎゅっと胸がしめつけられました。
ふだん見慣れた、覇気のない硬い表情が、脳裏に浮かびます。
朝は眠り、夜になるとひとりネットの世界へと潜っていく息子。
——このままゲームに依存してしまったらどうしよう。
息子の未来が見えなくて、不安ばかりが心の中で渦を巻いていました。

【南河ゆきさんのプロフィール】
2人のお子さんのお母さん。現在高校3年生の長男さんは、小学4年から中学校の間、ほぼ不登校。子育て心理学カウンセラー養成講座を受講したのは長男さんが中学2年生の頃。
「もがいては挫折」のくり返し
息子の不登校がはじまったのは、小学校4年生の頃。
それでもがんばって私立の有名中学に入ったのですが、入学後の小さなトラブルにつまずき、またもや学校に行けなくなってしまいました。
家では、ずっとゲームに没頭。息子の昼夜は完全に逆転してしまいました。
顔色も冴えず、とにかく元気がありません。
自宅学習の助けになればと考えてパソコンを購入しましたが、パソコンが開かれることはなく、結局ゲーム用の機器が増えただけ。
月に一度通っていたカウンセリングも、午後の遅い時間帯に予約しているにもかかわらず、体調がすぐれずキャンセルしてしまった日が度々ありました。
それでも何とか学校に戻りたいと、息子ももがいていたのでしょう。
「地元に戻るわ」と言い出して、中学2年生で地元の中学に編入しました。
しばらくはがんばって登校していたのですが、夏のテストが終わったあたりから、また少しずつ、学校から足が遠のいていきます。
かなり無理している様子がこちらにも伝わり、体調も芳しくなく、ギリギリに車で送っていくのが精いっぱいの日々でした。
ココロ貯金との出会い
ずっと暗い迷路の中で、同じ場所をさまよっているような焦燥感がありました。
——親にできることは、何もないのだろうか。
息子のために何かしたいのに、何もできない自分が情けなくて、苦しくて。
わたしの心も疲弊していた、息子が中学2年生の夏、“ココロ貯金”という考え方に出会いました。
そして、子育て心理学カウンセラー養成講座を受講したことをきっかけに、子育てへの向き合い方が少しずつ変わっていったのです。
講座で学んだココロ貯金を試してみると、息子の表情がわずかに動く。
「あ、これがいいんだ」と腑に落ちる。
チャレンジして、手応えを感じて、また試して——
講座と実践の過程をとおして、深い学びがありました。
“導く”ことを、やめてみた
ある日、ふと気づいたのです。
わたしはずっと、「こうあるべき」という道へ息子を連れて行こうとしていた。
引っぱったり、背中を押したり、それが親のつとめだと信じて疑わなかった。
でも……もしかしたら、がんばり方が違っていたのかもしれない。
——息子を導こうとするのを、いったん手放してみよう。
ゲーム依存になって「ゲームで食べていきたい」などと言い出したらどうしようと、あれこれ先回りして不安になっていた過去の自分。でも、もしそうなっても構わない。
腹をくくると、心がふっと軽くなりました。
まずは、笑顔で接する。
否定せずに、話を聴く。
すごいと思ったことは、ちゃんと言葉にして伝える。
息子の好きなごはんを、沢山つくる。
立派なことはできなくてもいい。
等身大のわたしのままで、
「大好きだよ」「大事に思っているよ」
とまっすぐに伝えよう。
そして、いつも味方でいる。
たったそれだけを心に決めて、再出発したのです。
なだらかな変化
結果として、息子の中学生活は不登校のまま終わりました。
けれども、ココロ貯金がたまるにつれて外の世界との接点が増え、こちらの気持ちまで明るくなるほど、息子の活力は回復していったのです。
表情もおだやか。
不登校の子が通いやすい塾を見つけたので連れて行くと、通いたいと言いました。一番苦手そうな英語をやるといって、その後は数学も習いたいと言い出して、結局2つの塾に通うようになりました。
行けない時期もありましたが、「ちょっと今、メンタル落ちてるから休みたい」とか、「このぐらいまで休んだらまた行けると思うから」などと、行けない理由や期限を申告してきて、約束どおりにまた戻っていくのです。
驚きながら見ていましたが、そうやって期限をもうけて戻れるきっかけを作っていたのかな、とも思います。
月に一度は、美容院にも行くようになりました。
また、クラス担任の先生がいい先生で、講座で教わった方法でお願いすると頻繁に家庭訪問してくださるようになりました。先生との1 時間ほどの雑談は、とてもよい足慣らしになったと思います。
このようにして少しずつ、息子の世界は広がっていったのです。
明るい世界
ダダダダダッ。
勢いよく階段を駆け下りてきたのは、息子。
いつの間にか、高校3年生になりました。
学校には、毎日休まずに通っています。
選んだのは、比較的ゆるめの全日制の高校。
決して順風満帆だったわけではなく、入学してからも紆余曲折がありました。毎日通えるようになったのは、つい最近のこと。
それでも今——
ふざけたり鼻歌を歌ったり。
あの頃とはまるで違う、軽やかな時間が流れています。
高校からはじめた軽音部では、なんと部長を任されました。
重たいギターを担いで、電車とバスを乗り継いで通学。
ボイストレーニングに通いたいと言い出すなど、息子の世界はますます広がっています。
慣れない毎日の登校は、たぶん身体にこたえているはず。
けれども、中学の頃のような「無理している」感じは、まったくありません。
少しだけ早く眠るようになり、朝ごはんもふつうに食べて出かけていきます。
高校1年生のときにはじめたアルバイトは、家で愚痴をこぼしながらも、高校2年の終わりまで続きました。
そして、あんなに悩まされていた深夜のチャットの話し声は……、
いつの間にか、すっかり聞こえなくなったのです。
未来に向かって
先日、用事があって息子の部屋に入ったところ、机の上には沢山の書き込みがあるノートが広げられていました。本人いわく、動画を見ながら、要点をまとめているのだとか。
本棚には、ズラーッと参考書が並んでいます。
大学には行きたいと、ずっと前から言っていて。
高2の途中ぐらいから、自分なりの受験勉強の計画を話してくれるようになりました。
「この単元は、〇月までに終わらせるつもり」
「英検は受けておいた方が良さそう」
そう言って、高2の終わりには本当に英検を受けに行きました。正直、あまり勉強しているようには見えなかったのに——見事合格。
よく受かったね、と家族みんなで驚きました。
親が何も言わなくても、塾や学校の自習室で相談して、大学や受験についての情報を積極的に集めている様子。進学校ではないため学校で模試がなく、「調べて申し込んだから、お金払って」と、頼まれたこともありました。
最初は有名校ばかりを挙げていた志望校も、ここがダメだったらここ、ここがダメだったらここ……と、すべり止めまで計画するようになりました。
卒業後は一人暮らしをしたいと言い出したので、
「家賃ってどれくらいなんだろうね」
と一緒に調べて、
「こういう部屋がいいねえ」
と、楽しく語り合いました。
ココロ貯金がくれたもの
わたしにとってココロ貯金は、“ありのままの愛情”を息子に伝える術でした。
子どもは親とはちがう人格をもった、ひとりの人間。
そして、親だって完璧じゃなくていい。
当たり前のようで見失いがちなことを、ごく自然に受け入れられるようになりました。悩み苦しんだあの頃の時間も、今思えば必要な通過点だったのかもしれません。
「あなたが大好き」
その気持ちさえ届いていれば、子どもは元気いっぱいに、自分の人生を生きていく。
自ら未来を切り開こうと奮闘する息子の姿を、頼もしい気持ちで見守っています。
南河ゆきさんが実践したココロ貯金
・笑顔で接する
・否定せずに、話を聴く
・すごいと感じたら、言葉にして伝える
・好きなメニューで、腹貯金