体験談
◆コロナ明けの登校しぶり
「行きたくない、行きたくないよ……」
その言葉を、何度聞いてきたかわかりません。
娘が小学3年生のときでした。
コロナによる休校が明けると登校をしぶるようになり、学校に行ったり行けなかったりの日々が続くようになりました。
娘が特に苦手だったのは、クラスメイトとのコミュニケーション。
また、集団で行動するときや大勢の視線が集まる場面でも、とてもつらそうにしていました。
朝、起きられない。夜は眠れず、明け方までゲームに没頭。
活力がなく、常に横になっている状態……。
人を寄せつけない雰囲気で表情も暗く、話しかけても反応がなくなりました。
心も体も、まるで地中深くにもぐってしまったかのよう。
もはや「学校に行ってみよう」などと声をかけられる段階ではなく、心配でたまりませんでした。
——どうすればいい? どう抜け出したらいいんだろう。
焦りは強まるものの突破口が見いだせず、出口のないトンネルを手探りでさまようような毎日でした。

【お母さんのプロフィール】
2人姉妹のお母さん。現在中学2年生の長女さんは少し発達に偏りがあり、小学3年生から登校をしぶるように。子育て心理学カウンセラー養成講座を受講したのは、長女さんが中学入学前の春休み。
◆コロナ明けの登校しぶり
「行きたくない、行きたくないよ……」
その言葉を、何度聞いてきたかわかりません。
娘が小学3年生のときでした。
コロナによる休校が明けると登校をしぶるようになり、学校に行ったり行けなかったりの日々が続くようになりました。
娘が特に苦手だったのは、クラスメイトとのコミュニケーション。
また、集団で行動するときや大勢の視線が集まる場面でも、とてもつらそうにしていました。
◆WISC検査を受けて
学校にいるとき、娘はまったく話ができません。
娘の様子に違和感を覚え、WISC(ウィスク)という子ども用の知能検査を受けさせました。
すると、やはり少し発達に偏りがあり、あいまいな指示や状況を受けとめにくいことがわかりました。
何より娘自身が
「わたしは他の子と違うのかな」
と感じているようでした。
しかし、ドクターによる専門的な診断は受けられませんでした。
診察の予約が、数か月先まで埋まっている状態だったからです。
いわゆる「グレーゾーン」になるので、支援学級には通えませんでした。
――この子に、どんな関わり方をしてあげればいいのだろう。
わたしの胸の中にはいつも、迷いと不安が渦を巻いていました。
◆揺れる心
「気持ちが落ち着くまで休ませよう」
登校しぶりがはじまったばかりの頃は、そんなふうに比較的ゆったりと受けとめていました。
一緒にごはんを作ったり、他愛のない会話をしたりして、あまり気負わずに過ごしていたのです。
けれども徐々に
「このまま、本当に行けなくなってしまうのではないか」
という不安が膨らんでいきました。
夫と何度も話し合い、
「やっぱり、無理にでも行かせた方がいい」
という結論にたどりつきます。
そして、娘が泣いていても学校へ連れていき、わたしが付き添って授業を受けるようになりました。
「これでいいんだ」
自分に言い聞かせるようにして、毎朝娘の手を引きました。
◆空回り
――少しずつでも、学校生活に慣れてくれれば。
そんな親の思いとはうらはらに、娘は日に日に元気をなくしていきました。
家にいるときでさえ、打ちひしがれたような表情をしています。
――このやり方は、本当に正しいのだろうか。
もしかしたら、この子をさらに追い込んでしまっているのではないか。
そんな思いが胸をよぎります。
わたし自身の負担も相当なものでしたが、そこまでしても正しい道を進んでいる実感がないのです。
答えが見えないまま、時間だけが過ぎていきました。
◆練習はできるのに
6年生になった娘は、運動会にも修学旅行にも参加できませんでした。
学校行事がある朝は、ふとんの中で体を丸めて
「行きたくない」
と大泣きします。
運動会は練習には行けていたので、
「もしかしたら、今度こそ参加できるかも……」
そう期待しましたが、当日になると動けなくなってしまうのです。
――同級生の子達は、あたりまえのように参加しているのに……。
学校行事があるたびに、淡い期待と落胆で心がかき乱され、言葉にしがたい寂しさに襲われました。
◆出席できなかった卒業式
結局、卒業式すら参加できないまま、娘の小学校生活は静かに幕をおろしました。
そして春休みに入ったある日、娘は意思をもった口調でこう言ったのです。
「中学には行かない」
すうっと胸の奥が冷えていくような感覚がありました。
覚悟はしていても現実として突きつけられると、足元がぐらぐらと揺らいでいるように感じます。
制服を作ることすら拒まれ、先の見えない暗闇の中でもがくように日々を過ごしていました。
そんなときに“ココロ貯金”の存在を知り、駆け込むようにして子育て心理学カウンセラー養成講座の扉をたたいたのです。
◆あたたかな場所
ココロ貯金の講座に入って、まず感じたのは「相談する場所がある」という安心感です。
暗闇の中を手探りで進んでいるような感覚は消え、「こちらに進むといいよ」というコンパスを手にした気がしました。
心がけたのは、とてもシンプルなココロ貯金です。
名前を呼んで挨拶すること。
できるだけ穏やかに接すること。
それから“触れる”こと。
娘にハンドマッサージをしてあげる時間は、少しずつ心が通じていくような大切な時間になっていきました。
また、体験を踏まえた実践的なアドバイスをくださる先輩ママカウンセラーさんの存在も、とても心強いものでした。
中学校の入学式についても
「こういう参加の仕方もあるよ」
と教えてもらい、できるかぎり手を尽くしてみることにしました。
◆入学式の前日
講座を受講して数週間が経った、入学式の前日のことです。
わたしは中学校を見学させてもらうためのアポイントをとろうとしていました。
すると驚いたことに、近くにいた娘が
「わたしも行く」
と言い出したのです!
「中学には行かない」という娘の意思は固そうだと半分あきらめモードだったわたしは、キツネにつままれたような心持ちになりました。
驚きに包まれながらも一緒に中学校へ。
入学式の準備をしているところや校内のフリースクールを見学させてもらいました。
「明日は私服でもいいから、おいで」
先生がやさしい言葉をかけてくださったとき、娘が小さくうなずいたように見えました。
◆雨の入学式
入学式の日は、家の中にいても雨音が聞こえるくらいのどしゃぶりの雨でした。
「これは、親だけで行くことになりそうだな」
そう思っていました。
けれど娘は、いつもと変わらない様子で、静かに支度をはじめたのです。
式が行われる体育館に向かうあいだ、わたし達が誰にも出会わないように、先生方が取り計らってくださいました。
おかげで娘も取り乱すことなく、体育館に到着。
そして――
体育館の後ろの扉のすき間から、親子3人で、入学式に参加することができたのです。
◆娘の現在地
娘は中学2年生になりました。
制服を着て、毎日学校に行っています。
ふだんは校内にあるフリースクールにいて、クラスで行われる授業にも、自分が決めたものだけは参加するようになりました。
授業中に話が脱線し、笑いをとるタイプの先生は少し苦手。
反対に淡々と授業を進めてくれる先生がすごく好きで、歴史の授業が大好きです。
やはり気持ちの浮き沈みはあり、嫌なことがあっても学校では言えず、家に帰ってきて大泣きしてしまうこともあります。
ときには床にひれ伏すようにして、落ちこんでしまうことも。
長期休み明けはエンジンがかからず、「嫌だ嫌だ」と愚痴をこぼします。
それでも学校を休むことはありません。
どうしても苦手な先生がいるときは遅刻して接触を避けるなど、自分でうまくバランスをとりながら通っています。
◆改善した姉妹仲
学校でお友達とおしゃべりするのはまだまだむずかしいようですが、4つ下の妹とはすごく仲良しになりました。
これは、妹にもココロ貯金をためていったからかもしれません。
「お姉ちゃんばっかり、学校を休んでずるい」
と、以前はトゲトゲしかった次女もまた、別人のようにやわらかい表情になりました。
仲良くおしゃべりする姉妹の姿を眺めていると心がなごみ、うれしいなあと思います。
◆音楽発表会
うれしい変化がもうひとつ。
なんと、娘は学校行事にも参加できるようになったのです。
春は体育祭。
夏休み明けは校外学習……。
行事があるたびに、はらはらしながら見守ってきましたが、ひとつ、またひとつと壁を越えてきました。
そしていよいよ、もっともハードルが高そうな音楽発表会の日が訪れました。
会場は通い慣れた学校ではなく、外部の音楽ホール。
観客の視線が集中するステージの上で、声を出すという行為……。
幕が上がり、ピアノの演奏がはじまりました。
娘の姿は……
――いた!
ああ、歌ってる。
娘が、みんなと一緒に歌ってる。
あの頃は想像もできなかった景色が、目の前に広がっていました。
ホールいっぱいに響く力強い歌声に耳を傾けながら、わたしはしばらく、その場から動くことができませんでした。
◎お母さんが実践したココロ貯金◎
・名前を呼んで挨拶
・穏やかに接すること
・ハンドマッサージ
・環境を整えるため、学校と連携

