体験談
突然の不登校
ある日、いつものように中学校へ行った娘が、ほどなくして戻ってきました。
「足が痛い。それに、ちょっと忘れ物しちゃった」
なんだか腑に落ちない理由です。
――それくらいなら、遅れてもいいから学校に行ったら?
そんな気持ちが頭をよぎりました。
しかし娘はそのまま学校を休み、次の日も、またその次の日も、学校へ行こうとはしなかったのです。
「今日は行けるかな」というわたしの願いをよそに、気がつけば一週間。
理由がはっきりわからないまま、娘の時間だけが止まってしまったように見えました。

【お母さんのプロフィール】
二人きょうだいのお母さん。現在高校1年生の長女さんは、中学3年生の5月から不登校に。
子育て心理学カウンセラー養成講座を受講したのは、お嬢さんが高校1年生の頃。
進路への不安
「中間テストを受けさせてください」
テストを目前に控えたある日、担任の先生からお電話がありました。
娘の通う中学校は、中高一貫教育の付属校。ちょうどその時期――中学3年の1学期の成績が、高校進学にあたって考査の基準になる、というのです。
学校に行けなくなっただけでも不安なのに、このままでは付属高校へ進めないかもしれない。
あまりにも突然で受け入れがたい事実に、頭が追いつきません。
焦ったわたしは、娘を説得しようと試みました。
「こんなことで、いきなり付属高校への道を閉ざされるのは、ちょっとないんじゃないかな」
その瞬間。
娘は耳を塞ぐようにして「きゃあ」と声をあげ、頭を抱えこんでしまったのです。
明らかに、いつもの娘ではありません。
強い不安に飲み込まれたように体を丸めて震えています。呼吸も浅く、苦しそう。まるで酸素を求めるかのように、ベランダへ這い出ていく娘……。
この子の中で、わたしの想像を超える何かが起きている。
言葉にできない不安が、胸の奥で静かに広がっていきました。
告白
それからは登校をうながすことさえためらわれ、何もできないまま、時間ばかりが過ぎていきました。
「ドライブでも行こうか」
ある日、気分転換になればと、暗い表情で過ごしていた娘を外に連れ出しました。
夜景を見ながら2時間ほど経った頃。
娘がぽつりと言ったのです。
「高校を受験したい。今の学校には行きたくない」
娘が通っていた学校は、よくも悪くも進学校でした。
3年生になってまだ1か月半なのに、すでに2度も東大に進学した卒業生の講演があり、「ガリ勉して合格した話」を何度も聞いたそうです。
真面目すぎるほど真面目な娘。
このままここにいたら、中学でも高校でも「いい大学」を目指して走り続けなければならない――そんなふうに感じてしまったのだと思います。
「受験したい」という言葉はきっと、勇気をふりしぼって口にしたはず。
これは否定してはいけないと、直感的に感じました。
「わかった。否定はしないよ」
前置きをしてから、続けました。
「ただ、もう何日も学校に行ってないよね。受験するにしても、内申点が必要になると思うよ。一度、冷静に整理した方がいいし、いきなり付属校への進学の権利を手放すのは、リスキーだと思う。だから少し落ち着いて考えよう」
否定はしませんでした。
けれど、娘の思いをそのまま受け止めたわけでもありません。
あのときのわたしには、それが精一杯の返答でした。
中間テスト
「わかった。中間テストはがんばって受ける。勉強はしていないけど」
娘はわたしの言葉を受け入れて、学校へ向かいました。
ところが――
2日目に帰宅した途端、熱を出してしまったのです。
無意識の防衛本能みたいなものなのでしょうか。副鼻腔炎も併発し、3 日目のテストは受けられませんでした。
その後、1日登校して、次は4、5日続けて休む。
そんな状態が続きました。
今になってふり返ると、あの頃の娘は、まるで燃え尽きる直前の線香花火のようでした。
もう限界だと思った翌日にふっと持ち直し、休んでいた日に行われた体育のテストをひとりで受けに行ったこともありました。
塾からいつもより遅く帰ってきた日には
「先生と話して盛り上がっちゃった」
と、妙に明るい声で話してきたこともあります。
あまり見ないテンションにどこか違和感をおぼえたこの日の翌日から、娘はピタッと学校に行かなくなりました。
5月の末のことでした。
葛藤
もう無理はさせられない。
娘が押し殺してきた苦しさが、そばにいるわたしにもひしひしと伝わってきました。
朝起きられず、気力も感じられません。
怒られるのではないか、否定されるのではないか。
そんな恐怖を抱えているのか、張りつめた緊張感が全身ににじんでいました。
これは、どうしたらいいのだろう。
“不登校”には、どう向き合うのが正解なのだろう。
日常は、あまりにも突然に変わってしまいました。
高校受験という選択肢も、それまでは考えたこともありません。
様々な問題が一挙に押し寄せてきたようなプレッシャーに、息が詰まりそうでした。
本当に、どうしたらいいんだろう。
わたし自身も、かなり追い込まれていました。
それでも、娘には下手なことを言ってはいけない――
そのことだけは、感覚的にわかりました。
娘はほとんど話をしません。
ただ、食事はとっていましたし、朝も顔を見せてはくれます。
一日の多くを静かに部屋で過ごす。
そんな日常が、淡々と過ぎていきました。
さらなる苦しみ
学校がスクールカウンセラーの先生を紹介してくれて、お話を伺ううちに、いくつかのことがわかりました。
今の中学校は、たとえ付属高校へ進めなくなっても在籍はでき、卒業もできること。
東京都には、チャレンジスクールという不登校専門の学校があり、ほかにも通信制高校など、受験勉強
をしなくても入学できる選択肢があること。
「行き場がなくなるわけじゃない」
少し肩の力が抜けました。
家に帰りその話を娘に伝えると、娘もまた、目に見えてほっとした様子を見せました。
とはいえ、気持ちは簡単には定まりません。
声をかけてくれるお友達もいて、娘の心は揺れているようでした。
「今、期末テストの勉強してるから来ない? 一緒に上に上がろうよ」
そんなふうに誘ってくれる子もいました。
悩んだ末に娘は、
「期末テストも受けないことにした」
自分でそう決断しました。
けれども、その直後から、娘の心と体は大きく崩れていきました。“普通”というレールに乗らない選択は、まだ中学生だった娘にとって、想像以上に重い決断だったのかもしれません。
めまいが続き、昼夜も逆転。
7月から9月までの3か月は、非常につらい状態が続きました。
今ふり返っても、あの頃がわたしにとっても一番つらい時期でした。
夏になると、さまざまな学校で説明会がはじまります。
けれども娘はどこにも参加することなく、11 月が来ても、鉛筆を握ることすらありませんでした。
全日制の高校へ
「高校ね、必ずしも来年から行かなきゃいけないわけじゃない。ただもし行きたいなら、見学しないと決められないよ。どうする?」
思い切って娘に伝えてみました。
すると娘は、少し強い口調で言ったのです。
「高校は行くって言ったじゃん」
その言葉には、決意のようなものがにじんでいました。
そして、チャレンジスクールや定時制などいくつかの学校説明会に、少しずつ足を運ぶようになりました。
さまざまな学校を見学する中で、次第に希望が定まっていきます。
「やっぱり全日制の高校を受けたい」
「友達とわちゃわちゃしたいし、青春したいし、できれば恋愛だってしたい」
そんな思いを持ったようです。
内申点がほとんどなかったため、中学校の先生に相談して課題提出で補填していただいたり、登校日数よりもテストの結果を重視してくれる学校を探したり。12月からは再び塾にも通いました。
正直とても大変でしたが、なんとか全日制の高校への進学が決まりました。
――色々あったけれど、これでようやくトンネルを抜けた……!?
娘の気持ちを尊重し、ともに歩いた数か月。
希望をかなえる形で進学が決まり、わたしは明るい気持ちで春の訪れを感じていました。
けれども。 受験の合格は、ゴールではなかったのです。
二度目の不登校
明るい気持ちは、長くは続きませんでした。
入学して1か月ほど過ぎた頃、娘はまた、学校に行けなくなってしまったのです。
――これは簡単には行かない。
直観的に感じました。
いくつもの山を乗り越えた先の挫折だったため、娘の落ち込みは大きく、わたしの心も折れそうになりました。
そして強く思ったのです。
――子どもへの向き合い方を見なおさなければ。
ただ学校に戻ることを目指すのではなく、もっと根本的なところ――考え方を変えたり広げたりしながら、この子にとって最善だと思える道を探したい、と。
わたしの接し方に、よくないところがあったのだろう。
でも、わからない。
これまでも、散々自分を責めてきた。
本も読んだ。
でも――。
やり方を変えたいと思うのに、どう変えたらいいのかがわからない。
ぐるぐる、ぐるぐる。
答えの出ない問いばかりが、頭の中を巡り続けていました。
そんなとき東ちひろ先生のご発信に出会いました。駆け込むような気持ちで、子育て心理学カウンセラー養成講座の門をたたいたのです。
初期のハードルが低いココロ貯金
ココロ貯金がとてもよかったのは、簡単で行動にうつしやすいところ。具体的ですぐに使えて、子どもの成長に応じて形を変えていける、珠玉のメソッドだと思います。
講座を受けはじめた頃、娘は二度目の不登校にとても落ち込んでいて、心が塞ぎがちでした。
彼女の場合、調子が悪くなると睡眠の質が落ち、乱れてきます。
そもそも睡眠不足で、ぼうっとしていたり機嫌が悪かったりする。
そんな娘を相手に高度なことを言われても、できる気がしません。
また、感受性が鋭い子なので、変に持ち上げるのも、ほめるのも逆効果。
そんな娘に対しては、ただ“実況中継”すればよいココロ貯金が、とても現実的な方法でした。
「あ、お風呂入ったね」
「あ、食べたね」
他には名前を呼びかけてから挨拶をするなど、さりげない声がけなので、無理なく自然体で続けられます。
ささやかな関わりを重ねていくうちに娘の情緒は少しずつ安定し、眠りの質も上がっていきました。
娘の今とこれから
「復帰は難しいから、違う形にしたい」
高校1年の5月に再び学校に行けなくなった娘は、2学期がはじまる前にそう話し、12月に通信制の学校に転校しました。娘のスピードに合わせて、ときには立ち止まりながら歩んで来られたことは、よかったなと感じています。
今、娘はとてもいい表情をしていて、目にも力が宿っています。
通信制のカリキュラムの流れを大まかにつかみ、自主的に勉強して課題を提出する――
そんな日々にも、少しずつ慣れてきたようです。
ココロ貯金は、娘とわたしの「信頼貯金」でした。
小さな関わりを重ねていく中で積み上がった信頼が、娘の自己肯定感をゆっくりと育ててくれたのだと思います。
まずは具体的で実行しやすい子どもへのアクションからはじめる。
長い受講期間の中で、何かしらの変化があらわれる。
子どもの成長に合わせて、少しずつ関わり方を整えていく。
それらの過程の要所に、お母さんの心を癒すメニューも用意されている。
親と子、両方のケアがサンドイッチのように組み込まれているこの構成に、わたしは本当に救われました。
これから先、娘がどんな道を選ぶのかは、まだわかりません。
いつか心から「これをやりたい」と思えるものに出会ってほしい。
今は明るい気持ちで、そう願っています。
◎お母さんが実践したココロ貯金◎
・実況中継
・名前呼び+挨拶
・子どものペースを尊重してゆっくり歩むこと

