体験談
◆泣きながら迎える朝
——今日は行けるだろうか?
高校2年の夏が終わった頃から、娘は登校できない日が増えていきました。
もともと真面目な性格で、「学校に行かなきゃ」という気持ちは人一倍あるタイプ。ところが朝になると……体が動かなくなってしまうのです。
まず起き上がれない。
それでもなんとか布団からぬけ出し、ゆっくり着替えはじめます。
顔色がわるいまま、やっとの思いで制服に着がえたのにそれ以上動けず、泣きながら部屋にもどってしまうこともありました。
不思議なのは夕方。
わたしが仕事から帰ってくると、娘はまるで別人のように元気になっているのです。
「明日は行ける気がする!」
前向きな言葉に、こちらも「よかった。明日こそは」と希望を抱きます。
けれども朝になると、また同じことのくり返し。
何とか登校しようと泣きながら支度をするのに、大抵は途中で力尽きてしまうのです。
暴言を吐くことはありませんでしたが、娘の発する空気は鋭くて、「近寄らないで」「察して」というサインがビリビリ伝わってきました。
それでも、親としては放っておけず、声をかけます。
「大丈夫?」
するとスイッチが入って、不機嫌さが増幅してしまうのです。
全身をトゲで覆われているようで、手を伸ばしたくても届かない。そんな感じでした。
——どうして、こんなことになってしまうのだろう。
いろいろと調べましたが原因はわからず、時間だけが過ぎていきました。

【お母さん(真由美さん)のプロフィール】
大学1年生のお嬢さんのお母さん。お嬢さんは、高校2年生のときに学校に行けたり行けなかったりの生活になり、後に起立性調節障害が判明。子育て心理学カウンセラー養成講座を受講したのは、お嬢さんが高校3年生の秋。
◆不調の原因
ギリギリの出席日数でどうにか進級し、高校3年生の夏を迎えた頃。
ある偶然から、娘の不調の正体が見えてきました。
「友だちが“起立性調節障害”と診断されたんだけど、症状がわたしと似ているの」
娘のそんなひと言をきっかけに、小児科を受診。
同じ病気だと診断され、薬を処方してもらえることになりました。
——これでやっと……何かが変わるかもしれない!
胸の奥に、小さな光が灯った気がしました。
けれども、現実は甘くありませんでした。
まず、お医者さまの指示どおりに薬を飲ませるだけでもひと苦労だったのです。
指示された服用のタイミングは、起床の「1時間半前」。「5時半には起きたい」という娘の希望をかなえるためには、朝4時に、眠っている彼女の口元に薬を運ばなければなりません。
寝過ごしてはいけない。
飲ませ忘れなんて、もってのほか。
毎朝3時45分に目覚まし時計をセットしてがんばりましたが、想像以上のプレッシャーから眠りも浅くなり、「次はわたしの自律神経がやられるかも……」と本気で思うほど、心も体も張りつめていました。
何よりつらかったのは、そこまで大変な思いをして薬を飲ませても、はっきりした効果が見られなかったことでした。9月になっても状況は変わらず、じわじわと焦りが広がっていきました。
——このまま変わらなかったらどうしよう。
——出席日数が足らずに卒業できなかったら、娘の将来はどうなってしまうんだろう。
暗い想像ばかりが頭をよぎり、何か手がかりはないかと必死でもがいていたときに出会ったのが、「ココロ貯金」でした。
◆娘とわたしの変化
子育て心理学カウンセラー養成講座を受けて、まずありがたかったのは、ちひろ先生や受講仲間のみなさんに話を聴いていただけたこと。ずっと孤独にがんばってきたので、同じような悩みを抱えた方たちと気持ちを分かち合え、救われた気がしました。
心の中のざわつきが静まって自分の気持ちが穏やかになるにつれ、娘との関係も変化していきました。
「一緒に寝よ」
いつの頃からか、娘が誘ってくれるようになったのです。
「いいね、寝よう寝よう」
狭いシングルベッドでぴったりと寄り添って眠る時間は、娘のぬくもりがたまらなく愛おしく、どこか安心できるものでした。娘もきっと、同じように感じてくれていたと思います。
“腹貯金”もよくしました。
娘が好きなお菓子を見つけてきては、「あなたのために買ったのよ」と笑って渡すと、はにかんだ笑顔を返してくれます。小さなやりとりの積み重ねが、わたしたち親子の距離を少しずつ縮めてくれました。
また、「聴く」貯金も心がけました。
以前のわたしは娘の話を途中で区切って、ついアドバイスをしてしまいがちでした。でも、ココロ貯金を学んだことで「最後までしっかり聴こう」と意識するようになり、“否定せずに聴く”ことを大切にするようになりました。
すると——
娘のほうから話してくれる機会が、増えていったのです。
以前はわたしが忙しそうなときは遠慮していました。「今なら聴いてもらえそう」とタイミングを見て話してくる感じでしたが、自分が話したいときに自然に話してくれるようになった気がします。
そして、不思議な変化が訪れました。
薬を飲んでも改善しなかった起立性調節障害の症状が、少しずつ和らいでいったのです。
朝、「しんどそう」な日が少しずつ減り、登校できる日が徐々に増えていきました。
◆そして、大学生に
この春、娘は大学生になりました。
真面目な彼女にとって、大学受験も大きなプレッシャーだったのでしょう。
受験が終わったこと。
時間をかけてココロ貯金がたまってきたこと。
2つのタイミングが重なった高校3年生の終わり頃、見違えるほど元気になりました。
今の娘をひと言で表すなら「自由にやってる」感じです。
メンタルもだいぶ回復し、大学の講義にはすべて出席。
前向きな気持ちで学校生活を送っています。
サークルは2つかけもち。
驚いたのは、高校でプレッシャーの一因になっていたカルタのサークルに入ったことです。はたから見ると、“触れたくない過去”になっているイメージだったので、入部したときには本当に驚きました。
「あまり根詰めず、気楽にやる」のだと笑っています。
◆今、思うこと
あともう少しで、娘は巣立っていきます。
子育ての最後の最後にココロ貯金を学び、親子の関係を見直す機会をいただけたことには、感謝しかありません。
今思えば、娘が思春期になったときに関わり方を変える必要があったのに、わたしはそれに気づけなかった。娘の不調をきっかけにココロ貯金に出会い、小さな関わりを重ねていくことで自分を変えられたというか、何かをつかめた気がしています。
学校に行きたいのに体が動かず、泣いていた娘はもういません。
ひとまわりたくましくなった笑顔を見ていると、胸がいっぱいになるのです。
お母さんが実践したココロ貯金
・「一緒に寝よ」と言われたときの添い寝
・好きなお菓子で腹貯金
・話を遮らずに「聴く」貯金

