体験談
◆小さな教室で、たったひとり孤立
「わがまま」
「あの子がいると場が荒れる」
これらは、小学3年生のときに娘に貼られていたレッテルでした。
田舎の小さな学校で、クラスの人数はわずか12名。
その狭いコミュニティの中で娘は次第に孤立し、仲間はずれにされていきました。
ときには「ひとり対クラス全員」という構図で責められることもあったようです。
女の子はたった5人で、学年が上がってもクラス替えはなし。
一度ついてしまったイメージを覆すのは、簡単なことではありません。
「みんなの輪に入りたい」とがんばるほど空回りして、
どうしていいのかわからず、虚勢をはってしまう。
それが周囲に誤解され、ますます孤立が深まっていく――。
負のループにはまっていく娘を助けてあげたいのに、どうにもできない。
学校からトラブルの報告を受けるたびに心が沈んでいく。
わたしもまた、重い気持ちで毎日を過ごしていました。

【伊藤さんのプロフィール】
小学6年生の女の子のお母さん。離婚をきっかけに実家に戻り、美容師の仕事で生計をたてながら子育て中。お嬢さんが小学4年生のとき不登校ぎみになり、子育て心理学カウンセラー養成講座を受講。
◆母子家庭への偏見
娘の孤立の背景には、家庭環境の影響もありました。
わたしは離婚して地元に戻ったシングルマザー。
保育所にいた頃から娘がわがままを言うと「ひとりっこだからでしょ」と、家庭の事情をほのめかすような言葉をかけられることがありました。
どこかアウェイな空気を、娘も敏感に感じとっていたのだと思います。
「なぜか、うまくいかない」
「なぜか、わるい方に解釈されてしまう」
だからこそ自己肯定感が育たず、自信がない。
けれども娘は、疎まれてしゅんと大人しくなるのではなく、反発してしまうタイプの強い子どもでした。不安を隠すように虚勢をはってしまい、結果「自分ができないくせに、反抗してくる」と、煙たがられてしまう。
本人としては、どうしてよいかわからなかったのだと思います。
◆あなたのお子さんは手に負えない
3年生のとき、決定的な出来事がありました。
担任の先生が、クラスのボス格の子に
「仲良くしてあげてね」と声をかけてくださったそうです。
けれどもその後、ちょっとしたきっかけで娘が
「じゃあ、絶交する」と口にしてしまいました。
相手の気持ちを試したい――そんな思いから出た言葉だったようです。
けれども、相手の子は激しく怒り、それをきっかけに娘は完全に無視されるようになりました。
その子がボス格だったため、周囲の空気も一変します。
校外の行事や地域のお祭りでも
「あの子だけは誘わないで」という空気が広がってしまったのです。
「あなたのお子さんは手に負えない。何を考えているのかわかりません」
せっかく手を差し伸べたのに、と。
ついには担任の先生にもさじを投げられてしまいました。
◆シングルマザーへの色めがね
確かに娘の態度やふるまいは、良くないところがたくさんあったと思います。
授業に集中できず、そわそわと落ち着かない。
(今思えば、仲間はずれの不安から、落ちつけないのは当然なのですが)
少し話してくれる子がいれば、独占したくなってしまう。
こちらを見てほしくて、わがままを言ってしまう。
ただ、娘なりに毎日我慢していることもたくさんあって、何かの拍子に感情が爆発してしまうところもあったのです。
けれど先生は、「いい子」「できる子」の話だけを信じ、娘の気持ちや言い分には耳を傾けてくれませんでした。
どこかに“田舎フィルター”のようなものがあり、
「シングルマザーの家庭は、子どもにかまってあげていない」
という先入観が、先生達の中にはっきりと根づいていました。
そして、こう言われたのです。
「お母さんが忙しすぎるから、こうなるんじゃないですか」
「仕事を休んでください」
生活の基盤を作るために必死で働いてきたわたしにとって、それはあまりにも心ない言葉でした。
―― では、一体どうしろと?
喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込み、心の中で問いました。
あなたがわたしの立場だったら、仕事を休めますか、と。
◆追いつめられていった日々
「なんでいっつも仕事してるの?」
娘としても、わたしにそばにいてほしかったのだと思います。
けれども美容院の仕事が忙しく、娘の世話は母にまかせることが多くなっていきました。
娘は甘えさせてくれる母にはすごく反抗していたので「母が甘やかすから余計にわがままになる」という身勝手なジレンマもあり、「ああ、育てにくいな」といつも悩んでいました。
当時はいじめられているという認識はなく、仲間はずれの主な原因はうちの側にあると思い込んでいました。ひいては「わたしが離婚したせいだ」と。
――あちらにもひどいところがあるけれど、まずは娘の短所を直さなければ。
そんな使命感から、いつも娘にアドバイスをして、いつも怒っていました。
「○○ちゃんはきっとこう考えていると思うから、こうしたら?」
「自分の言いたいことばかりじゃなくて、もっと空気を読まなきゃ」
「お母さんの言ったとおりにできなかった」と聞けば、
「え、なんで?」「おかしいよ、それは」と、すぐに正そうとしていました。
今になってあの頃の娘の気持ちを思うと、胸がギュッと締めつけられます。
けれども当時のわたしは、娘の心情を思いやる余裕がありませんでした。
離婚のことで「あそこは複雑だから」と噂されたくなかったし、「ちゃんと育てなきゃ」という気負いが大きかったのです。
正解を出さなければという強迫観念があり、人の目を気にして、娘を叱ってばかりいました。
◆「もう行きたくない」
娘の我慢は限界に達してしまいます。
「もう、学校に行きたくない」
4年生になると体が動かなくなり、
毎朝泣いて、毎朝わたしと押し問答。
つらい気持ちは痛いほどわかっていました。
けれどもお客さまから予約が入っているので、仕事を休むことはできません。
泣きじゃくる娘を引きずるようにして、学校へ連れて行く日々が続きました。
行ける日もあれば、途中で帰ってきてしまう日もありました。
「保健室にいさせてもらって、できるときだけ授業に参加する形はとれませんか」
先生に相談してみましたが、返ってきたのは冷たい言葉でした。
「そういう制度はありません。保健室にいるなら連れて帰ってください」
わらにもすがる思いでカウンセラーの先生のところに行っても、
「まあ、そういう時期ですからね」と、具体的な助言はもらえません。
――誰も、味方になってはくれないんだ。
改めて孤独を感じました。
一体どうしたら。誰か教えください――。
そんな八方ふさがりの暗闇の中で出会ったのが「ココロ貯金」でした。
◆ありのままで
子育て心理学カウンセラー養成講座の中で、娘にもわたしにも深く響いたのが、
「そのままでいいんだよ」という教えでした。
「正解を出さなきゃ」と必死でもがいてきた自分。
先生やクラスメイトに丸をつけてもらうために、娘に厳しく接してきた自分。
うまくいかないことばかりだったそれまでの人生を丸ごと「大丈夫だよ」と肯定してもらえたとき、
胸の中で何かがほどけていきました。
「娘もわたしもがんばってきたな、もう十分だな」
心の底から、そう思えたのです。
「今のあなたのままでいいんだよ」
感じたままに伝えた瞬間、ものすごい勢いで娘が食いついてきました。
「本当? ママ、本当にそう思ってる?」
「なんでそんなふうに言うの?」
「だってママ、失敗したら絶対怒るじゃん」
ハッとしました。
良かれと思ってしてきたことが、娘を追いつめていたのだと。
「そんなことないよ、できてもできなくてもどっちでもいいよ」
その言葉を聞いたときの娘は、驚きと安堵が入り混じった、何とも言えない表情をしていました。
◆愚痴の嵐
それまで学校での困りごとをたずねても、娘は核心にふれることを話してはくれませんでした。
先生からの報告でトラブルの内容や相手はわかっていたものの、娘の口からその話を聞くことはなかったのです。
「あの子がヤダ」と名指しで答えるのは、当事者ではなく学童で会うだけの別の学年の子。
いつも、どこかピンときませんでした。
ところが、ココロ貯金をはじめて2週間ほど経った頃――
娘は堰を切ったように話しはじめたのです。
「あのとき、〇〇ちゃんにこうされたのがすごく嫌だった」
「みんなで寄ってたかって、こんなふうに言う」
「こう思っていたのに、誰もわかってくれなかった」
積りに積もったフラストレーションがあふれ出すように、驚くほど多くの愚痴や不満がいっせいに噴き出しました。
「なんで、今まで言えなかったの?」
そうたずねると、娘はぽつりと答えました。
「言ったらママが怒るから。
ママがアドバイスくれたように、わたしはできないから」と。
ああ、そうだったのか――。
世間の“正解”ばかりを求めていたわたしは、娘の気持ちを受け止めることをしていなかったのです。
こうしてわたしは、ようやく自分の足元を見直すことができました。
講座がはじまった6月はあっという間に過ぎ、夏休みに入ったばかりのカウンセリングで娘の様子を報告すると、子育てカウンセラーの先生はにっこりと笑いました。
「ココロ貯金、たまってきましたね」
先生のやさしい言葉は、深く静かに胸に沁みていきました。
◆「学年でいちばん良かった子」
娘は6年生になりました。
学校は吸収合併されて2クラスになり、今では本当にたくさんの友達がいます。
「友達といるのが楽しい」
うれしそうにそう言って、今までの時間を取り戻そうとするかのように、学校生活を満喫しています。
5年生になると、委員会にも積極的に参加するようになりました。
合併後はまわりの子に推薦されて、同じ委員会の長をつとめています。
学童に苦手な女の子がいて、
「同じ学校になるの、ちょっとこわいな」と心配していましたが、同じ委員会になって話す機会があり、その子に言われたそうです。
「あのさあ、何年か前とめちゃくちゃ変わったよね。
前はもっと負けず嫌いだったでしょ。こんなに話しやすいと思わなかった」
以前はちらっと何か言われると「違うよ、あたしはさ」と反論していた娘が、
「ああそうなの、でも気にしないよ」と、さらっと受け流せるようになりました。
少し嫌な思いをさせられた相手に対しても、
「あ、昔のあたしみたい」と笑えるようになったのです。
人が変わったようだと、親のわたしでさえ思います。
まわりの子が子どもっぽい駆け引きで誰かをいじめてしまうときも、
「別にいいんじゃない? そういうのもあるよ」と、どこか達観している感じです。
「昔のあたしもそうだったなあ」というセリフは、最近よく聞くようになりました。
「中学生みたいな精神レベル。成長しましたね」
カウンセラーの先生も、保健室の先生も、担任の先生も、口をそろえて言ってくださいます。
「この学年で、いちばん良かった子だね」
5年生からの担任の先生は、最大級のほめ言葉をくださいました。
「いちばん生き生きして、いちばん友達を作ろうと努力していた子です」と。
かつてあれだけ落ち着きがなかった授業中の態度も、今は「まったく問題ありません」とのこと。
学力も申し分なく、体調をくずして数日お休みしても「この子なら大丈夫」と信頼されているそうです。
「がんばろう」ばかりだった通知表も、気がつけば「がんばろう」はひとつもなくなっていました。
◆ココロ貯金は人格をささえてくれるもの
4年生の後半から、本当に不思議な、奇跡のような出来事の連続でした。
おかげさまでわたしのメンタルも変わり、とても生きやすくなりました。
「ひとりで何とかしなければ」と虚勢をはって、“正解”を出すために娘も自分も追い込んでいた――あの頃のわたし。
子どもが仲間はずれにされているなんて人に言うのも嫌でしたが、今は素直に「助けて」と言えるようになりました。
「そのままでいい」んですよね。
ココロ貯金は子どもにだけ効くものではなく、わたし自身の人生をまるごと認めてくれるものでした。
人格の根っこや、人としての土台をやさしく支えてくれるもの。
子育て心理学カウンセラー養成講座は、カウンセラーの先生も一緒に受講したみなさんも本当に温かく、肩の力がふっとゆるむようなやさしい場所でした。
講座を受けて、人生が変わったと感じています。
◎伊藤さんが実践したココロ貯金◎
・「そのままのあなたでいいんだよ」と伝える。
・子どもの気持ちに耳を傾ける。

