体験談
◆登校しぶりからはじまったSOS
「学校には行きたくない」
初めて息子がその言葉を口にしたのは、小学3年生のある朝のこと。
わたしも仕事があり焦る気持ちから、抵抗する彼の手を引いて無理やり登校させました。
その後も息子が登校をしぶる度に、なんとか連れて行く日をくり返すようになります。
これが、6年にも及んだ不登校のはじまり。
長いトンネルの入り口に立っていることを、当時はまだ知る由もありませんでした。

【お母さんのプロフィール】
3人のお子さんのお母さん。高校1年生の次男さんは小学3年生で登校しぶりがはじまり、4年生から中学3年生まで不登校。子育て心理学カウンセラー養成講座を受講したのは次男さんが4年生の頃。
◆付箋だらけの漢字ドリル
「うちの子、どこか少し違うのかもしれない」
息子の漢字の覚え方に少しひっかかりを感じはじめたのも、やはり3年生の頃でした。
シンプルな字は書けるのですが、少し複雑になると途端に別の字になってしまうのです。
例えば「田」は正しく書けるのに、「里」が書けない。
「田」と「土」がバラバラになってしまう。
本来はひと続きの文字を、彼は分解して認識しているようでした。
低学年の頃は「まだ小さいから」と軽く受け止めていたものの、次第に違和感が強まっていきました。
帰宅したランドセルの中から出てくるようになったのは、付箋で埋めつくされた漢字ドリル。
間違いのたびに貼られた“やり直し”の付箋は「できない自分」を息子に突きつけ、傷つけていたのかもしれません。
4年生になると、息子は学校に行けなくなりました。
完全な不登校になってしまったのです。
◆ゲーム漬けの日々と、昼夜逆転
学校に行かなくなった息子は、家でゲームをしてばかり。
寝るのは深夜、起きてくるのは夕方。外の光を浴びる機会はほとんどありません。
しかも極度の偏食で、ほぼ白ご飯しか食べられない状態。
——このままで大丈夫なの……?
体の健康も心の状態も、すべてが不安でたまりませんでした。
なのに“何をすべきか”がわからない。
もがいても答えが見えない日々でした。
そんなときに出会ったのが「ココロ貯金」という考え方。
藁にもすがる思いで、子育て心理学カウンセラー養成講座を受講することにしたのです。
◆息子を“引きずらない”子育てへ
講座を通して、わたしは大きなことに気づきました。
これまで「どうにか学校に行かせなくちゃ」と、必死に息子を引っぱってきた自分。
でも、本当に必要だったのは“待つこと”だったのかもしれない、と。
それからは、息子が動き出すまでただ見守ることに決め、少しずつでも心を満たせるように、話しかけるときは名前をそっと呼び、彼が好きなスキンシップやハグをたくさんするように心がけました。
◆不登校時代の歩み(小学4年〜中学1年)
長くなるので、息子の様子を年表でまとめてみます。
・小学4年生:完全不登校に。講座を受講し「行かせる」から「見守る」スタイルへ切り替え。
・小学5年生:漢字の特性が認められ、週1回の通級に通いはじめる(波はあり)/2月からコロナの影響が拡大。
・小学6年生:6月まではコロナの影響で自宅待機。通級再開後は、行けたり行けなかったり。
・中学1年生:一度も登校せず、まるまる不登校の1年に。
5年生で通級に通えるようになったときは、小さな希望が見えました。
ところがタイミングが悪く、コロナが蔓延し休校に。
気づけばそのまま中学生になり、中学1年のときは一度も学校に行けませんでした。
「また1年が終わってしまった……」
落ちこむ気持ちもありましたが、息子の心には少しずつ変化が訪れていたのです。
◆少しずつ、でも確かな歩み
中学2年の夏、息子は自分から、個人面談に「行く」と言いました。
そして、中学校への初登校を果たしたのです!
そのとき先生に「ステップアップ教室」という不登校の子を対象にした教室に誘われ、2学期から少しずつ通うようになりました。
中学校は小学校より遠かったので、まずは一緒に道を覚えるところから。
わたしが付き添い1時間ほどそばにいて、帰りも迎えに行きました。
もちろん毎週通えるわけではなく、行けるときだけ、ぽつんぽつんと行く感じ。
それだけでも十分でした。
中学3年になると、週2〜3回だったステップアップ教室が毎日開かれるようになり、気づけば息子ひとりで通えるようになっていました。
行きたい日だけ、自分で行く。
月に1回しか行かないこともあれば、1週間続けて通ったこともあります。
“毎日は行けない”けれど、“行ける日には行ってもいい”。
自由なリズムが、息子にはちょうどよかったのだと思います。
◆海外へ!?
中学3年生になると、息子はかなり能動的に動けるようになってきて、高校も見学できるようになりました。
ゲームをして昼夜が逆転してしまう日もまだまだ多く、「当日ちゃんと起きるかな……」と不安になることも度々ありましたが、彼なりに前を向いて進んでいました。
そうして、比較的スムーズに通信制のサポート校への進学を決定。
受験がない分、秋がくる頃には心に余裕が出ていたのだと思います。
ある日、息子がぽつりとつぶやきました。
「ひとりで、おじいちゃんとおばあちゃんのところに行ってみたい」
——えっ、本気なの!?
耳を疑いました。
祖父母が住んでいるのはヨーロッパ。飛行機で12~13時間もかかる場所です。
英語が得意なわけでもありません……。
「スマホの翻訳アプリがあるし、なんとかなるよ」
本人はいたって前向き。わたしの方が目を丸くしてしまいました。
◆ひとりで海外へ行ってみた結果
不安は尽きませんでしたが、息子の積極的な気持ちがうれしく「一歩踏みだすチャンスかもしれない」と感じました。
「普通の受験生だったら、こんな時期に海外なんて行けない。今だからできる体験かもしれないね」
こうして、息子にとって初めての“ひとり海外旅行”が決定。
現地の空港で祖父母が迎えてくれるように準備を整えると、夏の空気に秋の気配がまざりはじめた9月の終わりに、息子は無事旅立っていきました。
旅立ちから1か月ほど過ぎた、帰国の日。
到着ゲートから出てきた彼は少しふっくらして、顔つきもやわらかに見えました。
「めっちゃ楽しかった! また行きたい!」
生き生きとした表情で、瞳がキラキラ輝いています。
おじいちゃんとおばあちゃんと自分だけの生活で、よくしてもらったのだと思います。静かないなか町が性に合ったようで「帰りたくなかった」としきりに繰り返していました。
そして、うれしい変化がもうひとつ。
「海外のものを食べてみたい」という気持ちが芽生えたそうで、食の幅がぐんと広がったのです。
以前は白米や麺しか食べなかったのに、なんとお肉も食べられるように!
空港で“丸くなった”と感じたのは、気のせいではなかったのです!
◆スパーク!
現在、息子は通信制のサポート校の1年生。
“通信制”といっても実際には毎日通う必要があるので、普通高校とほとんど変わりません。
やはり、“ひとり海外旅行”が大きな自信になったようで、その後の変化は目を見張るものがありました。
年明けにはじまったプレ入学授業には、10回のうち9回参加。
入学してすぐにお友達ができ、フットサル部に入りました。
なんと、生徒会長にも立候補!
1年生なのでさすがに当選はムリでしたが、今は会計として活動しています。
1学期にあった宿泊行事では「泊まりって初めてかも……どうしよう」と迷っていたものの、
「友達も行くから」と参加を決意。
楽しかったようで、2学期の体育祭を兼ねた宿泊行事には、迷わず参加していました。
行動力はどんどん加速。
夏からコンビニでアルバイトをはじめ、昨日はスキー・スノーボードのスクールから帰ってきました。
まるで「これまでの分も取り返すぞ!」と言わんばかりに、なんにでも前向きにチャレンジしていく姿に、ただただ驚くばかりです。
息子は今、まさに青春まっただ中。
そんな姿がとてもまぶしく、幸せな気持ちで見守っています。
◎お母さんが実践したココロ貯金◎
・「名前呼び」と「スキンシップ」
・意思を尊重した見守り

