体験談
わたしは自由に生きたかった
「全部お母さんが悪いんだ」
「わたしが今まで選んできたものは、全部お母さんに用意されたものだった」
仕事を終えて帰宅すると、娘の鋭い言葉が胸を突きました。
仕事は多忙で、受験を控えた高校3年生の娘とゆっくり話す時間はなかなか取れません。それでも、少しでも穏やかな会話ができればと願っているのに。
現実では、娘はいつもケンカ腰。
「全部お母さんのせい」だと、まるでナイフのような言葉がわたしの心をえぐり続けるのです。
医学部志望というプレッシャーがあるのはわかります。でも、それは彼女自身が決めたこと。わたし達は医者の家系というわけでもないし、進路を誘導した覚えもありません。むしろ、振り回されてきたのはこちらではないの?
「やりたいと思うことがあっても、お母さんに忖度して選んできた」
——え? そうだったの?
「わたしはもっと自由に生きたかった」
次々とあふれ出す非難の言葉に返す言葉がなく、立ち尽くすばかりでした。

【お母さんのプロフィール】
高校3年生のお嬢さんのお母さん。お嬢さんは中3の2学期以降不登校になったが受験し、私立の進学校に合格。学業面では心配がなかったものの、幼い頃から繊細で頭の回転の速いお嬢さんの言葉による攻撃が激しく、親子関係や心のケアに悩んで過ごす。巣立ち前の最後の機会にと子育て心理学カウンセラー養成講座を受講したのは、お嬢さんが高校3年生になってまもない頃。
他人軸で生きていた少女時代
娘は小学校高学年の頃から、「誰々ちゃんが持っているから」「みんなが読んでいるから」と、他人の目ばかりを気にするようになりました。
「あなたはあなたのままでいいんだよ」
「人に合わせ過ぎなくていい。自分軸でいいんだよ」
くり返し伝えましたが、娘の答えは決まっていました。
「わたしの自分軸は他人軸なのっ」
当時10歳。 弁が立つ娘に言い返せずに、“通じ合えないさみしさ”みたいなものをずっと感じてきた気がします。
“解放”と不登校
中学に入ってからも、娘は神経をすり減らしていました。
女子校ということもあり、人間関係に気を使い、毎日3つは「雑談ネタ」を用意していくと言うのです。
とてもピリピリした状態だったのですが、コロナ禍での自宅学習に救われました。
他人を気にする生活から解放されて、とてもリラックスした様子で勉強にも意欲的に取り組んでいました。
しかし、部活動がはじまると事態は一変。
部内で仲間外れにされて心が折れ、中学3年の2学期から不登校になりました。
結局、3学期までずっと不登校。
勉強は好きでずっと続けてきたので、中高一貫の高校へは進まず、受験して私立の進学校へ進みました。
高校は通過点
せっかく高校へ入ったので、親としては部活なども楽しんでもらいたいなという気持ちがあったのですが、娘の気持ちは違いました。
「わたしにとって高校はただの手段。過程でしかないの」
「小学生のときからずっと、早く大学生になりたかった。大学に行って勉強することが自分にとって一
番大切な目標なんだ」
受験が終わった瞬間から「塾に行きたい」と言い出し、見学して気に入った塾に通いはじめました。
お友達関係については、かなりドライに割りきっている様子でした。
娘の入った学校は、幼稚園からある学校で9割以上が内部生。その輪の中に入っていくのはむずかしいから「もう気にしないで、とにかく勉強する」と決めました。
そんな変わった娘でしたが、たまたま塾が一緒になった子が声をかけてくれたり、指導力のあるすばらしい担任の先生がうまく取り立ててくださったりして、それなりによい高校生活を送れたのではないかと感謝しています
母、ラストスパートを決意
しかし、家でのわたしへの反発は増すばかり。
—–娘のことを一番に考えてきたのに、どこでボタンを掛け違えてしまったの?
考えると泣きたくなります。
「この子の親をやめられるのなら、離婚してもいい」
そう思ってしまうほど、しんどくて追いつめられていました。
けれども、ふと気づきました。
彼女は地方の大学を目指しています。
1年後には家を出ていき、簡単には会えなくなってしまう。
今の状態のままで、離れてしまっていいの?
——あと1年で何かできることがあるのなら、全力でやってみたい。
そんなとき、「子育て心理学カウンセラー養成講座」と出会いました。
今までの経験はいったん捨てて、ゼロから子育てを学ぶ。
学んだことを試行錯誤しながら、実践していきました。
ところが——。
娘にはなかなか響くものがなかったのです。
ひとつだけ効いたココロ貯金
最後にやっとたどり着いたのが、話を「聴く」ことでした。
以前から娘の話はちゃんと聴いているつもりでしたが、実は落とし穴があったのです。
彼女の話はむずかしいので、わからない言葉が出てくるとスマホで検索していました。
すると、
「お母さんは、わたしよりスマホの方が大事なの?」
「わたしのことは育てる気がないの?」
「育てる気がないのになんで産んだの?」
と全く違う角度からたたみかけてくるのです。
講座を受けてふと思いつき、スマホは玄関に置いて部屋には持ち込まないことにしました。
そして、娘が話し出したら、途中で口を挟まず最後まで言わせてあげるように心がけました。
少しでも意見を挟もうものなら「あなたの意見は求めてない」「その役割あなたに求めてない」
とややこしくなるので「うんうん」とうなずきながら、ひたすら聴き続けます。
ときには0時をまわっても、娘の話は続きました。
けれども、ひととおり話し終わるとすっきりした様子で「バイバイ」と部屋を出ていくのです。
だんだんとパターンが読めてきて、娘から「バイバイ」が出るのを待てるようになりました。
彼女の話はむずかしくてとても長い。
最後まで聴けたのはちひろ先生のおかげです。
娘が話し出すと、脳内にちひろ先生が出てきて「ココロ貯金を貯めるチャンスですよ」「チャンス、チャンス!」とささやくのです(笑)。
不登校、再び!?
娘の話をたくさん聴いて心の距離が縮まった気がしていた矢先——
「わたし、全力で学校休むから」
またしても、娘が不登校宣言をしました。
学校で受けた模試についてお友達と話していたところ、お友達のちょっとした言まわしに過敏になってしまったようです。模試のC判定にもショックを受け、パニックになっていました。
「今まで何もかもを犠牲にして学業に専念してきたのに、わたしは自分の努力に裏切られたあっ」
「これ以上、勉強も努力もできない」
そう言って、学校を休むこととなったのです。
不登校が好転のきっかけに
今回の“不登校”は、よい意味での分岐点になりました。
ふり返ると、たった1か月弱。
もちろん、当時は気が気ではなかったのですが。
「もう学校、辞めたい」と言われたときは、夫と3人で膝を付け合わせて話し合いました。
でもそのときに、ネガティブな感情を全部、わたし達に吐き出してくれたのです。
彼女はわたしに厳しいのと同じくらい、自分に対しても厳しかった。
気の毒なことに記憶力がいいので過去うまくいかなかった経験を全部覚えていて、自己否定につながっていました。
その18年分の悲しかったことや葛藤を全部、外に吐き出せたのです。
「大変だったね」
娘の思いを聴いて初めて、心から娘に寄り添えた気がしました。
この話し合いを境に、娘は大きく変わっていったのです。
娘の変化
「来週から学校行くから」
あっさり復帰を決めた娘の不登校明けは、模試ラッシュ。
1か月のブランクも響いて、当然結果はひどいものでした。
ところが、娘の様子はいつもと違います。
「もうボロボロ」などと言いながらも、ケロッとしているのです。
共通テストの模試については、これまで見たことないようなひどい点数。
こちらがドキドキしていると、「この共通テストはこけたの」とあっさり。
「でも、ここはできたんだ」
「ここは家で解いてみたら全問解けた!」
今までとは明らかに違う、前向きなセリフばかりが出てくるのでした。
わたしはわたしのままでいい
「へへーん」
ある日、茶目っ気たっぷりな表情で、娘がわたしの前にあらわれました。
「お母さん、わたし決めたんだ」
「わたしはヘンな受験生になります」
「どういうこと?」
とたずねると、
「わたしはわたしのままでいいんだ」
とにっこり。
実は、不登校中に打ち明けられた心の闇のひとつは、医学部志望の子に対するコンプレックスのような感情でした。医学部を受ける子はお医者さまのお子様も多くキラキラしていて、娘とのギャップはすさまじい。自分なんかが選ばれるわけない。それでも、小学生のときからずっと、自分が興味をもってきたのは医学の分野で、それ以外は考えられない——といったことでずっと悩んでいたらしいのです。
「わたしは他の受験する子たちと自分を比べて、自分は医学部にふさわしくない、自分なんかが選ばれるわけないって思ってた。だけど、わたしがやりたいことは彼女たちがやりたいこととは違う。だから、そもそも彼女たちと同じでなくてもいい」
「わたしはわたしでいいって、わかったの」
「だから“へんな人枠”を目指します」
うんうん、いいねと笑いながら、わたしは胸がいっぱいでした。
“ヘンな人枠”を目指した結果
それからの娘は、もう別人。
志望理由書や自己評価書など、さまざまな書類を書かなければならないのですが、どれもまあ面白いのです。他の学生さんはこんなアプローチはしないだろうというユニークな発想には、目を見張るばかり。
ずっと他人軸で生きてきた娘が
「わたし、このままの自分を保存したい」
と言いました。
模試の判定が芳しくないときも、
「お母さん、わたしまだここを伸ばせるんだ」
「これから、ここをがんばるんだよ」
とわたしに教えてくれるのです。
「だからお母さん、楽しみにしていてね」
うんうん、楽しみにしているよ。
お母さんにとっては、受験の結果はどうでもいい。
受験よりも大事なものを、あなたが自分で育ててくれたのが本当にうれしい。
今でも泣けてくるのだけれど、涙は巣立ちの日までとっておきます。
◎お母さんが実践したココロ貯金◎
・余計な意見は挟まずに、最後まで「聴く」

