体験談
付箋だらけの漢字ドリル
――うちの子は、どこか少し違うのかもしれない。
わたしが息子の漢字の覚え方にひっかかりを感じはじめたのは、彼が小学3年生の頃でした。
簡単な漢字は書けるのに、少し複雑になった途端、別の字になってしまうのです。
例えば「田」は正しく書けるのに、「里」が書けない。
「田」と「土」がバラバラになってしまう。
本来はひと続きの部分が、息子には部品のように分けて見えるようなのです。
低学年の頃は「まだ小さいから」と深刻にとらえていませんでしたが、違和感は少しずつ強まっていきました。
帰宅したランドセルの中から出てくるようになったのは、付箋で埋めつくされた漢字ドリル。
間違うたびに貼られた“やり直し”の付箋は「できない自分」を息子に突きつけ、傷つけていたのかもしれません。

【お母さんのプロフィール】
3人きょうだいのお母さん。末っ子の次男さんは現在高校2年生。小学3年生で登校しぶりがはじまり、4年生から中学3年生までほぼ不登校。子育て心理学カウンセラー養成講座を受講したのは次男さんが4年生の頃。
不登校のはじまり
「学校に行きたくない」
漢字ドリルの付箋が増えていくのに合わせるように、息子が登校を拒む朝も増えていきました。
けれど、わたしには仕事があります。
学校には行ってもらわなければなりません。
息子が登校をしぶる度に、ずるずると引きずりながら学校へ連れて行く。
今思うと可哀そうなのですが、そんな毎日を送っていました。
それが6年にわたる不登校のはじまりになるとは、思ってもみませんでした。
毎日をどうにか回すことで精一杯だったわたしは、長いトンネルの入り口に立っていることに気づかずにいたのです。
そして4年生になると、息子はまったく学校に行けなくなりました。
ゲーム、偏食、昼夜逆転
学校に行かなくなった息子は、家でゲームをしてばかり。
気に入らないことがあるとゲーム機を投げることも多く、3DSやSwitchがよく壊れました。
昼夜が逆転する日も増え、起きてくるのは夕方。
外の光を浴びる機会はほとんどありません。
また食事も偏りがちで、甘いお菓子ばかり食べています。
おかずはほとんど口にせず、食べるのは白ご飯くらい。
——このままにしておいて、この子は大丈夫?
心にも体にも、このままでいいわけはありません。
わたしの心は、いつも不安に覆われていました。
状況を変えたいのに何をすべきかわからない。
誰にも答えをもらえない苦しい毎日が続きました。
そんなときに出会ったのが「ココロ貯金」という考え方。
半信半疑でしたが、何かひとつでも変わるきっかけになればと、子育て心理学カウンセラー養成講座を受けてみることにしました。
ココロ貯金と葛藤
講座で学んだのは、子どもの気持ちを尊重し、「認める」ことの大切さでした。
それまでのわたしは「学校に行かせなければ」と毎日必死。
引っぱって、説得して、なんとか登校させようとしてきました。でも――
――無理やり学校へ行かせることはやめよう。
そう決めたものの、気持ちはすぐには追いつきませんでした。
3人きょうだいの子育てに、仕事。
次男だけに向き合う時間を十分にとれるわけでもありません。
本当にこれでいいのだろうか。
正直、学校に行ってもらいたい。
葛藤は思っていた以上に大きく、理想と現実のあいだで揺れ続ける毎日でした。
長い歩み
小学校時代の出来事を年表でまとめてみます。
・小学4年生:完全不登校に。講座を受講し「子どもの意思を尊重する」スタイルへ切り替え。
・小学5年生:漢字の特性が認められ、週1回の通級に通いはじめる/2月からコロナの影響が拡大。
・小学6年生:6月まではコロナの影響で自宅待機。通級再開後は、行けたり行けなかったり。
先生との相性やコロナの影響もあり、学校との距離が近づいたと思うとまた離れる。
いつになったら落ち着いて過ごせるのかもわからないまま、季節は巡っていきました。
小学校の卒業式は午後に別枠でしていただく予定でしたが、結局出席はかないませんでした。
「息子のココロ貯金がたまるのを待とう」
そう考えようとしても胸の奥はじくじくと痛み、なかなか消えませんでした。
行けなかった入学式
桜の花が往来を彩り、中学の入学式の日が来ても、息子は家を出ようとしません。
結局一度も中学校に足を踏み入れないまま、その年を終えました。
その頃はオンラインゲームにはまり、昼と夜が完全に逆転。
一体どこの国の人とつながっているんだろうと思うこともしばしばありました。
どうしようもなく心が揺れる夜もありました。
それでもココロ貯金を知っていたので、小さな目標を持てました。
できるときにできるだけ。
名前を呼ぶこと。
目を見て話すこと。
息子が好きなハグをすること。
それだけは続けようと、決めていました。
わずかに動き出した時間
息子が中学2年になった年の夏。
進路についての三者面談があることを息子に伝えると、予想外の答えが返ってきました。
「面談に行きたい」
「将来はどうなるんだろう」という不安や、「友達が欲しい」「外に出たい」という気持ちが、少しずつ生まれていたのかもしれません。
制服を購入していなかったので、お兄ちゃんのYシャツとズボン、上履き(学校が違うので、色が違ったのですが)を借り、息子は中学への初登校を果たしました。
ステップアップ教室へ
三者面談では、不登校の子を対象にした「ステップアップ教室」というクラスがあることを教えていただきました。
すぐには行けなかったのですが、11月頃勇気を出して行ってみようということになりました。
中学校は小学校より遠かったので、まずは通学路を覚えるところからスタート。
わたしが付き添って1時間ほどそばにいて、帰りも迎えに行きました。
毎週通っていたわけではなく、行けそうなときだけ、ぽつんぽつんと行く感じです。
それでも、学校との接点ができたこと、息子の気持ちが外に向きはじめたことをうれしく思いました。
毎日は行けないけれど、行ける日がある。
それだけで十分でした。
息子のひと言
中学3年になった息子は、ひとりでステップアップ教室に通えるようになっていました。
あくまで自分のペースで、月に1回しか行かないこともあれば、1週間続けて通ったこともあります。
少しずつ、進路についても考えるようになりました。
とはいえ、相変わらず漢字は苦手で、基礎学力もほとんどありません。
通信制高校の合同説明会で学習の特性について相談すると、「別の学校に行った方が……」と断られたこともありました。
さあ、どうする? と悩んでいたときに、今通っている通信制のサポート校を紹介していただき、比較的スムーズに進学を決めました。
受験はいらなかったので、秋がくる頃には心に余裕が出ていたのだと思います。
ある日、ぽつりと息子がつぶやきました。
「ひとりで、おじいちゃんとおばあちゃんのところに行ってみたい」
——えっ、本気なの!?
耳を疑いました。
海外へ!
祖父母が住んでいるのはフランス。飛行機で12~13時間もかかる場所です。
英語が得意なわけでもなく、フランス語はもちろん話せません……。
「スマホの翻訳アプリがあるし、なんとかなるよ」
本人はいたって前向き。
わたしの方が目を丸くしてしまいました。
不安は尽きませんでしたが、息子の積極的な気持ちを止めたくはありませんでした。
「普通の受験生だったら、海外なんて行けない。今だからできる体験かもしれないね」
こうして、息子にとって初めての“ひとり海外旅行”が決定。
現地の空港で祖父母が迎えてくれるように、わたしも準備を整えました。
夏の空気に秋の気配がまざりはじめた9月の終わりに、息子は旅立っていきました。
ふっくらして帰国
旅立ちから1か月ほど過ぎた、帰国の日。
到着ゲートから出てきた彼は少しふっくらして、顔つきもやわらかに見えました。
「めっちゃ楽しかった!」
生き生きとした表情で、目に力が宿っています。
祖父母と自分だけの生活で、たくさん可愛がってもらったようです。
言葉は十分に通じなくても、困ることはほとんどなかったと話してくれました。
静かな田舎町が性に合ったようで「帰りたくなかった」と何度も言っていました。
そして、うれしい変化がもうひとつありました。
それは「海外のものを食べてみたい」と思えたこと。
白ご飯と麺しか食べなかった息子が、お肉も食べられるようになりました。
空港で「少し丸くなった」と感じたのは、気のせいではなかったのです。
開花
今、息子は通信サポート校の2年生。
“通信制”といっても毎日通う必要があるので、普通高校とほとんど変わりません。
“ひとり海外旅行”は大きな自信になったようで、息子は少しずつ変わっていきました。
年明けにはじまったプレ入学授業にはほとんど参加し、入学してすぐにフットサル部に入りました。
1年生の1学期にあった宿泊行事では「泊まりって初めてかも……」と迷っていたのですが、「友達も行くから」と参加を決意。
楽しかったようで、2学期の宿泊行事には迷わず参加していました。
1年生の夏からはじめたコンビニエンスストアのアルバイトは、今も続けています。
放課後はアルバイトに行ったり、お友達と遊びに行ったり。
家にいる時間が長かったあの頃を、遠い昔のように感じます。
二度の挑戦
なんと息子は、生徒会長にも立候補。
1年のときはかなわず会計をしていましたが、新3年生として再び立候補して、見事当選を勝ち取りました。
演説で各クラスをまわるときは
「真面目に見られるようにピアスを外していこう」
なんて言っていました。
「素直でどんなことも受け入れられる子ですね。だからみんなに好かれています」
学校の先生には、そんなふうに言っていただきました。
冬休みにはスキー・スノーボードのスクールに行ったり、
「ちょっと髪を青くしたい」
と言って、髪を染めてみたり。
息子が楽しそうに毎日を過ごしている。
そんな姿がまぶしくて、胸がいっぱいになります。
◎お母さんが実践したココロ貯金◎
・「名前呼び」と「スキンシップ」
・意思を尊重した見守り

